「ゲゲゲの鬼太郎」や「悪魔くん」など妖怪をテーマにした作品で知られる漫畫(huà)家の水木しげるさんが11月30日、東京都內(nèi)の病院で多臓器不全のため亡くなった。93歳だった。中國(guó)日?qǐng)?bào)網(wǎng)が報(bào)じた。
水木さんは1922年に大阪で生まれ、鳥(niǎo)取県の境港市で育った。少年時(shí)代から卓越した絵畫(huà)の才能を発揮していた水木さんは、まかない婦として家に出入りしていた景山ふさ(のんのんばあ)からお化けや妖怪の話(huà)を聞き、大きな影響を受けた。
21歳で、徴兵され軍人となり、ニューギニア戦線(xiàn)?ラバウル方面に出征していた時(shí)に、爆撃を受け左腕を失った。過(guò)酷な戦爭(zhēng)を體験し、半死半生の狀態(tài)に追い込まれたものの、幸運(yùn)にも現(xiàn)地民に救われた。1973年には、その実話(huà)に基づく戦記物「総員玉砕せよ!」を書(shū)き下ろした。
復(fù)員後、左腕を失った水木さんは貧窮により漫畫(huà)家になる夢(mèng)を諦め、生活のために魚(yú)売りをしたり、輪タクの貸し出しをしたりした後、アパートを買(mǎi)い取り、「水木荘」と名付けて、大家業(yè)を始めた。その後、紙芝居作家の弟子をしているという青年がアパートに入居し、その青年の影響を受けて1958年に正式なデビュー作として『ロケットマン』を出版し、漫畫(huà)家で活躍することとなった。