明軒の成功は多くの國と地域の人を蘇州へと引き寄せ、一つまた一つと伝統的な「新」蘇州庭園が海外に輸出されていった。ヴェルサイユ宮からほど近いパリ園は、フランスが建設した第一號の伝統的な中國庭園で、6000平方メートルの敷地の中に、曲がりくねった小川にひっそりと靜かに小さな橋が架かっている。回廊、花壇、庭石、中國風の反り返った軒先など蘇州の庭園の幻想的な美しさを余すところなく展示し、天然のものより素晴らしいその建築様式は、フランス人の興味を猛烈に掻き立て、2004年の開園時には見學者が長蛇の列を作っていた。
最も純粋な中國文化を展示するため、たとえ蘇州の庭園の模倣しただけのクローンのような海外の古い建築物だったとしても、その建築基準及び要望は非常に高く、元のスタイルを殘した本物の素材を追求している。明軒は最も早い時期に海外に輸出した蘇州の庭園として、建築に使用された柱、扉、窓、屋根、地面に使用したレンガやかわらの一枚一枚に至るまで全て中國で造られたもので、経験豊富な職人が蘇州から出向いて細心の注意を払って建設された。
「多くのポートランドの市民はまず蘇州庭園を理解し、蘇州への理解へと進み、中國を理解する」と、ポートランドのハリス市長は言う。ポートランドの「蘭蘇園」は北米唯一の中國蘇州のスタイルを再現した伝統的な庭園として15年で2000萬人以上の來園者を集め、米國人が中國文化を理解する窓口になった。(編集JK)
「人民網日本語版」2015年8月5日