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2014年2月28日  
 

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日本の「無」文化からインスピレーション、畫家?彤華さん

 2014年01月30日11:04
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 今回の人

 彤華さん。女性。北京の生まれ。畫家、中國ファッションデザイナー協會會員。著名畫家?張世簡氏、金鴻鈞氏にかつて師事。

 彤華さんは1984年、中央工蕓美術學院職業大學班を卒業。1980-1988年、北京工蕓美術公司でデザイナー。1988-1991年、中國雑技団でファッションデザイナーを擔當、ファッションデザイン賞を數多く受賞。1992年初-1995年末、宮城教育大大學院を卒業。その間個展を3回開催、一部作品は日本の國際蕓術展に入選し、日本各界?メディアの好評を博す。1996-1999年、日本TT2企畫株式會社にて企畫部長。

 2000年より、彤華さんは絵畫創作に専念。現在に至るまで多くの作品が國內外友人、海外華人?華僑、関連機構にコレクションされた。作品は、日本、東南アジア、西アジア、ロシア、歐米など諸國?地域の人々に愛されている。

 彤華さんの多くの絵には、中國と西洋、具象と抽象が融合した獨特の斬新な表現手法が用いられ、きめ細やかな絵畫技法、優雅で生き生きした色彩により、中國伝統文化の吉祥寓意を表現している。現代ファッション蕓術トレンドの息吹が感じられ、同時に中華民族の蕓術の神髄も失っていない。記者は彤華さんの作品集を眺めながら、インタビューを始めた。

 インタビュー実録:

 ■デザイナーから留學生に

 日本留學を決意された理由は?いつ日本留學されたのか?

 訪日前、私は中國雑技団でファッションデザインの仕事をしており、全國、北京のファッションコンテストで多數受賞しました。當時はファッションデザインでさらに飛躍し、世界的に視野を広げることを夢見ていました。その頃ちょうど、友人に訪日を勧められました。それで慌ただしく3カ月日本語を學んだ後、日本へ留學しました。

 1992年年初から1995年年末まで、宮城県仙臺市に留學しました。改革開放の流れのなか、當時の中國の若者は出國し、外國の先進的な科學知識?文化を學びたいと渇望していました。あの頃の日本は世界の経済大國で、また中國にもっとも近く、中國と同じアジア文化の國であり、當時は多くの留學生が日本を選択していました。
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